自己分析の機会を作る
メンタルトレーニングにおいて一番初めに行った「自己分析」のことを覚えていますか?
人間は自分の心を意外と把握しにくいものである、という話は前回までのLessonで書いた通りです。この「メンタルトレーナー養成講座」を受講しているあなたも、DIPCA.3などの心理検査を受けるまでは自分の性格傾向をぼんやりとしか把握していなかったはずです。
では、世の中の多くの人は自分の心をきちんと把握しているのでしょうか?
これはとても重大な問いかけです。もしメンタルトレーニングというものに興味がなければ、私たちはメンタルトレーニングを意識せずに日々の暮らしを送っているかもしれません。ふり返ってみてください。あなたはこの講座を受講する前に、ここで触れられているようなトレーニング内容を実践しようと考えたことがあるでしょうか?
そう。普通の方があまりスポーツとかかわりのない生き方をしてきた場合は、心を鍛える機会が巡って来ない可能性があるのです。
心理検査に触れる機会も少ないでしょう。もしプロのスポーツ選手やトレーナーではない方がそのような検査を受けるとしたら、就職活動中の検査の一環として、あるいは会社の研修の一環として受けることがあるでしょうが、それにしたって印象に残るようなものではありません。就職活動中や研修中のそういったテストの内容・点数を覚えている方はほとんどいないのではないでしょうか。
つまり、メンタルトレーニングによって心を鍛える機会も、自分の心を正確に把握する機会も、実はほとんど現代社会の生活の中には組み込まれていないのです。ですから、もしメンタルトレーニングを経て社会へ出た場合、プラス思考が出来なくて悩んでいたり、自分でも自分の心のコントロールができなかったり、その他さまざまな「心の悩み」を抱えている方に出会うことも少なくありません。
今回のLessonでは、メンタルトレーニングの一環として、そのような方々の手助けになるような「心を理解する」方法をご紹介します。
人付き合いのための感情整理ノート
人付き合いが苦手、という方がいます。
そういった方は、単純に人付き合いに興味が無かったり、相手の興味を引くために行動するようなマメさを持ち合わせていないことが多いのですが、中には「努力しているのに上手くいかない」と悩んでいる方もいらっしゃると思います。
そんなときに感情整理ノートが役に立ちます。

これは自分の感情を正確に把握するためのものです。人は意外なほど自分の感情を理解していませんから、自分がどう感じているのか把握できなくてコミュニケーションに失敗してしまう、という事態に陥ることも珍しくありません。
そこで、特定の相手とのコミュニケーションがうまくいかない場合は「コミュニケーションの内容を思い出しながらその時々の感情をノートに記していく」という方法で感情を整理します。
上手くコミュニケーションを取れない相手を、仮にAさんとしましょう。あなたはAさんとの付き合いで生じたことをノートに記入していきます。形式は日記のような形式で構いませんが、何月何日にこのようなことが起きたという事実とそれに付随する感情を、記録できる範囲で細かく書いていきます。
「〇月〇日、午前中。Aさんは始終落ち着かない様子だった。声をかけても返事をもらえず、心配になった」
「〇月〇日、帰宅時。AさんとBさんがとても楽しそうにしているのを見て、自分もあんな風に屈託なくコミュニケーションが取れるようになりたいと羨ましく思った」
このようなことを書き連ねていきます。
コツは「心配した」「羨望を感じた」という心の動きを、正直に書き連ねていくことです。自分以外は誰も見ないノートなのですから、嘘を吐く必要はありません。なるべく正直に思いのたけを書き散らしていきます。すると、意外なほどに自分の心がしっかり把握でき、また日を追うごとにどのように心が動いていったのかということを時系列で確認できるようになります。
これを二週間ほど続けることで何が起こるかと言いますと、自分の感情に対して正確に、そして敏感になります。今までもやもやとしか把握していなかった心の動きを読み取る練習を重ねることで、心の動きを推測する精度が上がっていくのですね。
そしてここからが肝心なことなのですが、他人の心の動きに対しても敏感になります。感情を正確に把握する能力を上げることで、他人の感情を読み取る能力さえも底上げされてしまうのですね。これは考えてみれば不思議なことではありません。人間の心は個人差の塊のようなものですが、同じ文化に生きている人間同士である以上、共通する部分もたくさんあります。その共通項を読み取る精度を高めさえすれば、意外なほどに共感をベースとしたコミュニケーションが取れるようになるのですね。
また、感情整理ノートを付けるのには思わぬ副産物もあります。気になっている相手のことを日付と一緒に記録していくと、当該の相手に関する知識が増えていきますよね。
これはコミュニケーションの上手な人から聞いた話ですが、人とコミュニケーションを上手く取るためには、相手の特徴や「何が好き」といった趣味嗜好をメモし、相手の言ったことを覚えておくのが大事なのです。「あの時こんなこと言ったよね」という具合にかつての自分の発言を気にかけてくれる方に対しては、人は意外なほど信頼してしまうものです。
最後に関してはメンタルトレーニングとは特に関係のないことなのですが、自分の心を正確に把握するための練習は間接的に人間関係の潤滑油になることがあります。自分の心を理解し、心を鍛え、ストレスや緊張に対する耐性をつける。それはスポーツマンのみならず、本番に臨まなければならないあらゆる人間にとっての「成功」の秘訣であり、そのコツを知る心の強い人は、頼られ、期待されていくものです。
メンタルトレーニングはスポーツマンのためだけのものではありません。その知識を知ってさえいれば、様々な分野で応用を利かせることも可能です。もしスポーツと縁のない生活を送ることになったとしても、その知識が無駄になることはありません。
本番に強い人生を送り、身近な知り合いの生き方やスポーツライフを豊かにする。それがメンタルトレーニングなのです。