セルフトーク
普段の生活の中で無意識につぶやいてしまうのは誰にでもあることです。俗に言う独り言ですね。これをメンタルトレーニングの世界では「セルフトーク」と呼称する場合があります。
これはただ単に独り言を別の言葉で言い換えているわけではありません。日常生活でつい出てしまうような、悪し様に言ってしまえばどうでも良い独り言には、せいぜいストレス発散位の価値しかありません。しかし、この独り言もやり方をうまく考えるとイメージトレーニングに応用することができるわけで、そのようなトレーニング用の独り言を「セルフトーク」として、単なる独り言と区別しているわけです。
ではイメージトレーニングに使えるセルフトークとはどのようなものなのでしょうか。具体例を挙げてみましょう。
- 朝起きた時に「今日も一日がんばるぞ」と自己暗示をかける。
- 家族や身の回りの人に大きな声で挨拶をする。ただし、この時はなるべく相手を元気付けるような威勢の良い声を意識する。
- 鏡の中の自分を見て「今日はとてもやる気に満ち溢れている」「自分は素晴らしい人間だ」と、自信をつけさせる指導者のように言う。
- 試合中、追い詰められた時や追い込んでいるときに「この緊張感がいいんだ」などと余裕ぶる。

このように、自分自身を元気付けたりやる気を出させたりするような意識的な独り言をセルフトークと呼びます。ただの独り言との違いは、
- 自然と出てくる言葉ではない
- マイナスイメージの言葉を使わない
といった点にあります。
もしあなたがセルフトークの方法を知らなかったら、このような独り言を発する機会は滅多にないことでしょう。考えてみてください、鏡に向かって「お前はやればできる」と自然と発言できるような人間がいますか?もしかしたら女性の中には、鏡を覗き込んで「私はとても美しい」と自画自賛する方もいらっしゃるかもしれませんが、それもかなり稀有な例だと言えるでしょう。
しかし、誰にもやられていないことをやると言う事は、誰も鍛えていない筋肉を鍛えるようなもので、その分一歩リードできるわけですから、やらない理由もありません。
スポーツの世界ではみんなと同じことをやったら抜きん出るという事はありません。一歩先へ進むためには、人より多くの練習を積むか、人より効率的な練習をするか、人がやらない練習に着目するか、いずれかです。
セルフトークを独り言だと思って実践しない人もたくさんいるでしょうが、イメージトレーニングにおいては自らを盛り立てる方法としてとても効果的です。
また、セルフトークは他のイメージトレーニングと同様に、練習時間に縛られることがありません。朝起きた時から夜寝るまで、ずっと練習し続けることができるので、やり忘れないように意識しさえすればとても練習量を稼ぎやすいのです。膨大な練習をこなさなければならないプロのスポーツ選手にとって、生活そのものを練習としてしまうのはとても効率の良いことだと言えるでしょう。
セルフトークは自信をつけるのに最適
セルフトークはスポーツだけではなく他の分野にも応用できます。これまでのレッスンでも何度か引き合いに出してきましたが、受験生や一般の企業勤めの会社員でも効果を実感しやすい練習です。
たとえば「大きな声で挨拶をする」のは様々な面でメリットがあります。まず、お腹から大きな声を出すという行為そのものに気合を入れる効果があるのですね。小さな声でぼそぼそと話す人にとってはなかなか大変なことなのですが、朝のぼんやりした時間帯に腹に力を入れればすっきりと目を覚ませますし、一日の活力を出す準備が出来ます。
周りの人間に対して、小さいながら影響を与えることができるのもメリットの一つと言えるでしょう。あなたが大きな声を出すことで、周りも元気になり、周りを元気にしてくれたあなたのことを評価するようになります。
小さな声でしゃべっている間はなかなかそのようなイメージがつきませんが、みんな目の覚めていない朝の段階から大きな声で挨拶をすることで、「あなたは強い人物である」という具合に印象づけることができます。強い人物というイメージがつけば、周りから信頼を得ることもできます。
周りから信頼を得るという事は周りから期待をされることにつながります。スポーツにおいても「彼なら決めてくれる」と期待されるのはとても名誉なことですが、それ以外にも副産物的な効果があります。
それはピグマリオン効果と言われるものです。ピグマリオン効果は教育心理学における心理的行動の一つですが、教師がある生徒に期待をかけると、期待をかけられなかった生徒より学習能力が向上する可能性が飛躍的に高まるというものです。つまるところ、セルフトークによって自らを高めるのみならず、周りからも伸びる力を与えてもらえるようになるのですね。
セルフトークの注意点
ただし、このセルフトークにもちょっとした注意点があります。ただの独り言ならまずありえない話ですが、セルフトークには自己暗示的な側面がありますので、強い意思力を持って望まなければ逆効果になる恐れがあるのです。
この話を聞いた覚えはありませんか?毎朝鏡に向かって「お前は誰だ?」と問い掛け続けると、ある日突然自分が何者なのかわからなくなってしまうという恐ろしい事態が発生すると言われています。
自己暗示には力がありますから、使い方を間違えれば当然自分の足を引っ張ることにもつながります。鏡に向かって「お前は強い」「やればできる」と暗示をかけるのは結構ですが、自信を失って「自分には何もできない」「力が足りない」「もっとうまくやれたかもしれない」などとマイナスの言葉をかけ続けると、どんどん成長率が落ちてしまいます。
イメージトレーニングで大事なのはここです。必ず自分を信じ自分を高め続けること。そのために、自信がなくとも虚勢を張り続ける必要がありますが、本当は違うと分かっていながら「自分にはできる」と言い続けるのは生易しいことではありません。
日本でイメージトレーニングが普及しないのは、みんな実はそんなにイメージトレーニングのことを信じていないからという理由もあるのですが、やはり皆さん誠実なんですね。「本当は違う」と分かっていると、イメージトレーニングのためと分かっていても暗示をかけるのをためらってしまうのです。
でも、そこで変わらなければいつまで経っても強くはなれません。自分は強くなると信じ続けること、それはメンタルトレーニングの核とさえ言えるものですが、それは基本であるがゆえに最も難しいことです。強い選手は自分が強い選手になることを他の選手よりずっと強く信じ込むことができる。強い願望を持つことは、ある意味では素晴らしい才能を持つに等しいと言えましょう。