セルフコントロール
緊張や不安を感じているときの身体の状況、行動への影響、そして呼吸法などの注意点を学んだら、次はそれらを改善するためのセルフコントロールの方法を学ぶ番です。
セルフコントロールには音楽を利用する方法と、リラクセーションのテクニックを活用する方法の2種類が存在します。前者は音楽そのものに備わるテンポ感やリズム感、そして条件付けを利用するものです。後者はリラクゼーションと呼ばれるパッケージ化されたプログラムを用いる方法です。
まずは前者について学びましょう。
音楽を利用する方法
音楽と身体感覚は本質的に結びついています。クラブカルチャーに詳しい方ならよくご存じかとは思いますが、BPMなどの指標で表される曲の速さによって、踊りやすさや踊りにくさ、ノリやすさやノリにくさが変わるだけでなく、感じる気持ち良さの質も変わってくると言われています。
セルフコントロールでも音楽を用いるのは非常に有効な方法と言えます。落ち着きたいときはスローテンポのゆったりとした楽曲で心を鎮め、逆に興奮したり集中力を高めたいときはハイテンポな楽曲で気分を盛り上げていくことができます。
また、この際に条件付けを用いるとより効果的になります。
(条件付けについて。「パブロフの犬」という実験をご存知の方も多いと思いますので、説明は簡潔に済ませます。条件付けとは、ある刺激と行動を結びつけることで、それらが本質的に無関係であっても身体が勝手に反応するようになる、という生物の仕組みを利用したものです。たとえばパブロフは犬にメトロノームの音を聞かせた後で餌を与えるという行動を繰り返すことにより、音を聞かせるだけで唾液を分泌させることに成功しました。つまり我々も、ある音楽を聴いた後に試合に勝つ、といった行動を繰り返すことで、その音楽と勝利を密接に結びつけるというようなことができるようになるのです。)
音楽を使う場合はこのような例が考えられるでしょう。
練習の前にスローテンポの曲をかける
練習の前にリラックスできるようなBPM120前後のスローテンポな曲を流し、ミーティングや準備運動を始める合図とします。体が運動するための曲ではなく、頭を動かしたり精神を落ち着かせるための選曲を心がけましょう。そうすることで音楽からミーティングへのスムーズな没入が可能になります。
ウォーミングアップのためにリズミカルな曲を使う
外国へ旅行した時によく驚かれますが、ほとんどの日本人はラジオ体操の音楽がかかりさえすれば同じ動き取ることができます。これは極端な例ですが、音楽と運動の結び付きがすっかり体に染み付くと、曲を聴くだけで体の動かし方を思い出したりするんですね。
体を温めるためのウォームアップにはリズミカルな曲を使うと良いでしょう。それこそ準備体操のリズムをそのまま楽曲にしたようなものが最適です。BPMに換算すると150程度の速めの曲に切り替えると、体を無理なく温められます。
練習中にも音楽を使う
準備運動だけでなく、スポーツの練習にも音楽による補助を用いるのが効果的です。ただし練習の速度にぴったり合ったテンポでないと、却って音楽が体の動きを阻害してしまう可能性がありますので、攻めと守りが変則的に入れ替わるようなスポーツの場合は、控えた方が良い可能性もあります。

また、強気に攻めている時とそうでない時で音楽を変えるのも良いでしょう。アニメやドラマなどでもここぞと言う時に同じフレーズを繰り返すBGMを流す時がありますが、これを俗に勝利BGMなどと言ったりします。そのBGMが流れる=勝利という方程式を心と体に刻むことで、頭の中でそのBGMが流れた瞬間に落ち着く等の副次的な効果が得られることもあります。
クールダウンにも音楽を使う
練習後、体を休めたい時にも音楽は有効です。クラブミュージックの世界には「チルアウト」と言う音楽がありますが、これはホールで興奮した体を落ち着かせてゆっくり体を冷やす時に流すのに適した音楽です。氷や冬を思わせる静かな音色とゆっくりとしたテンポが特徴です。
実際にスポーツ選手が体を休めるときには、激しく使った筋肉を冷やしたり、冷却用のスプレーを使ったりします。そうすることで怪我を抑えているのですね。同じことは心にも言えて、興奮した心を落ち着かせることで、気持ちの切り換えが迅速かつ確実に行えるようになります。
音楽を使うときの注意点
音楽を練習に取り入れるときは必ず注意すべきことがあります。それは、一度選んだ曲をすぐに別の曲に変更しないことです。皆さん音楽が好きですから、その時の気分次第で「今日はこの曲をかけよう」「たまにはこの曲もいいな」などと音楽を変更してしまう可能性があります。
しかし、それでは条件付けになりません。特定の曲が流れたときの心の状態と身体の状態を結びつけるためには何度も曲を聞いて体を動かし、そのときの心理状態と楽曲の組み合わせに慣れる必要がありますが、これを気分によって変更していては条件付けが成立しなくなります。
「勝ちたいときはこの曲!」と選んだら、最後までその曲に集中しましょう。言うなれば自分のテーマのようなものですから、頻繁に変えることで自分自身をブレさせてはいけません。
また、音楽を選ぶときは自分の心拍数を強く意識してください。音楽のリズムと鼓動のリズムがずれていると、曲に体の動きを引っ張られてしまう可能性があります。Lesson4-3で確認した自分の安静時・緊張時などそれぞれの状態における心拍数の数値と、使用する楽曲のBPMを照らし合わせながら選択しましょう。目指すは自分の身体専門のDJです。