心拍数、呼吸、姿勢
心理検査を実施した方にはご理解いただけていることだと思いますが、心理検査を利用した自己分析では、あまり身体の状態と心の状態の連動には注目しません。しかし自分の身体が緊張しているときにどのような状態になっているのか分からないと、身体を通して心の状態を知ったり、メンタルをコントロールしたりするのが難しくなります。
そこで、まずは身体の様子を確認するのに最も使いやすい「心拍数」と「呼吸法」、そして「姿勢」についてみていきましょう。
心拍数
心拍数や脈拍は自分の緊張度合いを確認するのに最適な指標です。平常時、緊張したときの心拍数および脈拍をきちんと記録しておき、自分の緊張状態を数値化しておきましょう。
なぜ数値化しておく必要があるかというと、個人差が数値にはっきりと表れるからです。また、スポーツ選手の場合は身体を鍛えていく内にスポーツ心臓になってしまうという理由もあります。スポーツ心臓とは、安静時の心拍数が一般的な基準を範囲を大きく下回る心拍数を示すような心臓のことを意味しており、水泳や長距離選手などスタミナが必要とされる分野のアスリートはこのスポーツ心臓になりがちなのです。
一般人の安静時心拍数はおよそ60~70回と言われていますので、毎秒一回以上のペースで心臓が拍動していることになります。しかしスポーツ心臓の方は、安静時心拍数がこの数値を大きく下回り、具体的には毎分50回を切るほどのゆっくりしたペースとなります。その代わり、スポーツ心臓の方は一度の拍動で多くの血液を流せます。
つまり、スタミナをつけるような練習を重ねている人ほど、一般的な心拍数の指標というものがあてにならなくなるわけですね。だからこそスポーツ選手は自らの心拍数や脈拍を、他の分野で働く人々より適切に把握しておかなければなりません。たとえば平常時に55前後、緊張したときに100前後だとしましょう。そういうときに自分の手首に指をあて、脈の速さをしっかり確認しておきます。

自分が緊張したときは脈に手を当て、その速さを意識しましょう。慣れてくると「これは緊張しているときの速さだ」と分かるようになります。そして自分が緊張しているとハッキリ理解した後で、ステップを踏むように順序立ててカームダウンの方法を実行し、落ち着きを取り戻します。
※カームは冷静を意味しており、カームダウンとは気持ちを落ち着かせることを指します。
普通の人は緊張したとしても、漠然と「今、アガっているんだ」と意識するだけで対策を取れません。せいぜい「落ち着こう」と口に出してみたり、手に人の字を書いて飲み込んだりする程度です(少々古い解決法でしょうか?)。しかし、メンタルトレーニングをやっているスポーツ選手は、自分の緊張状態を明確な基準を元に測り、落ち着くための適切な方法を採用することができます。メンタルトレーニングをやる人がなぜ大舞台に強いのか、その理由の一端がここに現れていますね。
ここから先は余談ですが、スポーツ心臓は筋肥大化によって引き起こされる現象です。血液を大量に受ける際の拡張期の大きさによって心拍数の長さが変わってくるのですが、その結果として並外れた持久力を保持することが可能になります。ただ、筋力のない普通の人がスポーツ心臓並みの脈拍を記録してしまった場合、心臓の病気である可能性がありますので、早めに病院へ行って診察を受けるのを勧めた方がよいでしょう。
呼吸
日本では古来より呼吸が重要視されてきました。
音楽関係者や武術関係者は、腹式呼吸なり特殊な呼吸法を推奨されたことがあるかと思います。特に腹式呼吸は広く一般に浸透した良質な呼吸法であり、これを身に着けることを推奨する健康法はいくつも存在します。実際に横隔膜を動かすのは健康に良く、声量などもアップさせられますので、音楽関係者にとっては最初に身に着けるべき呼吸法となっています。とはいえこれは音楽関係の講座ではないので、腹式呼吸に関しては一旦置いておきましょう。
スポーツ選手は必ずしも特殊な呼吸法を身に着ける必要はありません。しかし、多くのスポーツ選手が自分の呼吸を理解していることもまた事実なのです。スポーツ選手たるもの、身体を動かすのに必要な酸素の量を理解しなければ勤まらないからですね。大量の酸素を吸入するために鼻を広げたり、落ち着くために深呼吸したりと、身体の中に効率よく酸素を取り入れる練習をする過程で、自分の呼吸を把握してしまうことが多いようです。
早速呼吸を把握してみましょう。まず、以下の「早い・遅い」「強い・弱い」「長い・短い」の三点を意識して呼吸を振り分けてみます。たとえば深呼吸は「遅い」「強い」「長い」タイプの呼吸法ですね。逆に運動して口から熱を発散させたいときの、犬がハアハアするような荒い呼吸などは、「早い」「強い」「短い」タイプです。このようにして、状態別に呼吸を分類します。
特に意識しておくべき状態は以下の三つです。
- ぐっと力をこめるとき
- 瞬発力を発揮したいとき
- 流れに乗って動いているとき
また、呼吸のペースは心理状態によっても変動します。一般的には落ち着いている時は呼吸が安定し、焦っているときや不安な時はどうしても呼吸が早くなりがちです。そのような心理状態による違いも正確に把握する必要があるでしょう。
呼吸を把握するメリット
呼吸は脈拍と違って自分でコントロールしやすいというメリットがあります。運動していなくとも深呼吸はできますし、逆に運動している時でもゆっくり息を吸うことは可能です。
武道や禅を経験したことのある方にはご理解いただけると思いますが、呼吸は身体の状態や心の状態と密接に結びついています。それらの世界では呼吸法を変えることによって自らの意識や心のありようをコントロールする方法が試みられています。要するに、呼吸によって脳を騙そうというのですね。
呼吸が自律神経に作用することは医学的にも明らかであり、腹式呼吸などで自律神経を整える方法も広く紹介されています。「3秒吸って3秒吐く」など、ゆっくりとしたリズムで呼吸を行うことでゆるやかに緊張を解いていくことが可能になります。
良い呼吸を行うと脳波がα波に移行しやすくなり、落ち着きとひらめきが得られます。スポーツ選手の場合はハーフタイムなどのわずかな休憩時間にこれを行い、神経を落ち着かせて打開策を考える、といった形で実戦に応用することができます。また、大勢の受講者の前で発表するパネリストや受験生などは、これを本番前に行うことで本来の実力を発揮しやすくなるでしょう。
姿勢
気持ちは姿勢にも現れがちです。落ち込んだ時、喜ばしい時でそれぞれ姿勢が異なりますが、その際は特に顔の向きに注目してください。わりと常識として知られていることで、いまさら言われなくても……と思われるかもしれませんが、多くの人は落ち込んだ時に下を、そして上機嫌な時は胸を張って上を向きがちです。
呼吸法と同じように、姿勢を正すことで自分の気持ちをわずかながらにコントロールすることも可能です。もし落ち込んでいる時に元気を出したいと思ったなら、気合を入れて上を向くようにしてみると良いでしょう。
メンタルトレーニングでは、この仕草のことを「ヘッズアップ」といい、気持ちを切り替えるためのテクニックとして用います。つまり意識的に頭を動かすことで「気持ちの切り替え」の起点とするのですね。