なりたい姿をイメージするために
前回のLessonでは自己分析の方法について学んでいただけたと思います。
自己分析を行うことで、あなた、あるいはトレーニング対象の選手は自分の正確な姿を思い描きやすくなったことかと思います。これで次のステップへ向かう準備が出来ました。
次のステップは「目標の設定」です。
スポーツを志す者なら誰でも、こんな選手になってみたいなと思ったことがあるでしょう。そうでなかったとしても、「大会で優勝したい」といった思いを抱いたり、同じチームの〇〇さんに勝ちたいと願ったこともあるでしょう。
でも、そのように「なりたい姿」を思い描くにしても、「今の自分」をイメージできなければ上手くいきません。東京へ行くにしても自分が今大阪にいるのか北海道にいるのかで、目的地へ行くための方法はガラッと変わってしまいます。そこで前回のLessonでは、自分の出発点を明確にするために自己分析の方法を紹介したわけです。
メンタルトレーニングにおいては、目的地、つまり「自分のなりたい姿」を明確にイメージすることはとても大事です。これは「プロ野球の〇〇選手のようになりたい」といった大きな目標でなくてもいいのです。たとえば、朝早起きしたいとか、人前でもっと上手に喋れるようになりたいとか、そのようなスポーツと関係ない分野でも全く構いません。

なぜそのように目標を設定するのが大事なのでしょうか? 実を言うと、その理由はとても簡単です。「人間は目標を達成すると楽しい」からですね。もっと正確な言い方に直せば、「目標を達成するとモチベーションが上がる」という具合でしょうか。
世の中の指導者には「やる気を出せ」と叱りつける方がいらっしゃいます。そうやって発破をかけるのは必ずしも間違ったことではありませんが、指導者の姿勢としては根性論に頼り過ぎであると言わざるを得ません。「頑張れ」と言われて誰もが頑張れるなら、誰だって頑張っています。それが簡単には出来ないから大変なのです。
指導者の仕事は闇雲に発破をかけることではなく、選手が自主的にモチベーションを高めて行けるように細工をすることと心得ましょう。そして「目標の設定」と「目標の達成」は、やる気を出すのにこれ以上ないほど適切な方針なのですから、メンタルトレーニングでも積極的に取り入れて行こうというわけですね。
やる気と報酬系
少し脇道に逸れてしまいますが、目標の設定とその達成について語るために、「報酬系」という概念について説明した方がよいでしょう。
報酬系とは「欲求が満たされたとき、あるいは満たされるのが分かったときに活性化し、個体に快感を与える神経系」のことです。簡単に言ってしまえば、我々の脳の中には何かを達成した瞬間に気持ち良くなるための回路が備わっているということです。
お腹が空いたときに食事を摂る、眠い時に眠るといった生存本能に根差した欲求を満たすと、この報酬系は活発になります。たとえばお腹が空いたときに偶然良さそうなお店を見つけると、私たちは「もうすぐご飯が食べられる!」という期待感を抱き、報酬系が活発化して嬉しくなってしまうのですね。
実はこの報酬系、もっと社会的・文化的な行為でも活発になるのです。
その最たるものがゲームでしょうか。あるステージをクリアした瞬間に「クリア出来た!」という喜びを覚えると、次のステージでも試行錯誤してなんとかクリアしようと試みます。もちろんゲームはそう簡単にクリア出来るものばかりではありませんので、クリアするために様々な試行錯誤を重ねることになります。そうして「色々試した末に正解を見つける」→「パズルを解いた時のような快感」の流れが成立すると、子供たちはゲームに夢中になってしまうわけです。
A10神経系の存在
この仕組みを生理学の観点から解説しましょう。人間の脳の中にはA10神経系と呼ばれるドーパミン神経系があり、これが報酬系を担っていると言われています。私たちが「達成する喜び」を覚えると、この神経系からドーパミンが放出されて「快」を感じます。
報酬系をくすぐる要因には様々なものがあり、仕事をして報酬を貰う、ゲームをクリアする、勉強をして褒められる、などなど枚挙に暇がありません。「人を褒めて育てよ」という人はこの報酬系のことをきちんと理解しており、成功と「快」を結びつけるように褒めて伸ばしていきます。
目標を設定するのは、目標を達成することがそのまま素晴らしい成功体験になるからです。これはスポーツやメンタルトレーニングに限った話ではありません。勉強でも仕事でも、小さな目標を達成するのは楽しいものです。
もし成功そのものが快でなかったとしても、工夫次第で「好きなこと」に変えてしまうこともできます。「自分へのご褒美」として何かを達成したら甘いものを買うというのもそれと同じですね。報酬で自分を甘やかすのは、「何かを成し遂げる」と「快」を結びつけることで、自分をより高みに持っていこうという素晴らしいアイデアなのです。
報酬系の話は本筋から外れるので今回のLessonでおしまいになりますが、人間にはこのような神経系が備わっていることを理解しておくと、これからのLessonについても理解が深まることでしょう。
それでは、次回のLessonから、メンタルトレーニングにおける「目標の設定」の説明に入ります。