Lesson2-5 自己分析に盛り込むべき具体的な内容

自分の考えと実態との差を把握する

これは講座の一番初めに述べたことですが、スポーツには心技体の三つの要素があり、日本では心が軽視されがちです。逆に言えば、技術や体づくりに関してはすでに並々ならぬ蓄積があり、そちらの方法論を上手く「心のトレーニング」に応用すれば、より効果的なトレーニングが可能になるということでもあります。

たとえば、身体の動き一つとっても、主観的な視点と客観的な視点が両方とも必要になります。自分の身体が歪んでいるかどうか、きちんとボールを蹴る動きが出来ているかどうか……そういったこまごまとしたことは、実は自分でも把握できていない場合が多いのです。信じられない方はカメラを回して映像を撮ってみましょう。自分では綺麗に出来ていると思っていたのに、実際には汚いフォームで身体を動かしている、なんてことはありがちなのです。

メンタルトレーニングにおいても、実際の自分の心の在り方と本当の心理状態の差を明確にするのはとても大事なことと言えます。したがって、最初に自己分析シートに盛り込むべき内容は、「自分の考えと実態の差を比較するような質問」となります。

  • あなたは試合で実力を発揮できますか?
  • 練習した通りの動きが試合でも出来ていますか?
  • スポーツの三要素の内、「心技体」それぞれの重要度の割合を書いて下さい。
  • 実際の自分の練習を顧みて、自分の練習はその重要度通りの割合になっていますか?

自分という人間への理解を深め、より正確な自己分析を行うには、このような質問が適切です。選手が質問に対する解答を嘘偽りなく正直に記入していくと、自分の理想と実態の差を把握しやすくなります。

野球を例に説明してみましょう。「最後までバテない体力が大事」だと思っている選手がいるとします。しかし、彼はどちらかといえばホームランを打ってチームに貢献したいと願っているので、実際の練習では素振りやバッティングに時間を割いていることが多く、自分が大事だと考える基礎体力作りに目が向いていません。

そのようなケースでは、選手自身「実は体力作りが足りないんじゃないか」と思っていても、実際にどのくらい練習が偏っているのかは把握していないことが多いのです。そのような選手に対しては具体的な練習時間の配分や、基準点に到達したかどうかの目標達成率を見せることで、自分の「実態」を掴んでもらいます。

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心理検査にも全く同じことが言えるのです。

メンタルトレーニングに対する理解度チェック

メンタルトレーニングを行うためには、選手自身にもある程度はメンタルトレーニングの知識を付けてもらわなければなりません。専門家になるべきとまでは言いませんが、お互いに訓練のコツを分かっていた方が何事もスムーズにいくもので、メンタルトレーニングも例外ではありません。

理解度チェックとして尋ねるべき項目は、以下のようなものです。

  • あなたはメンタルトレーニングに関する知識がありますか?
  • メンタルトレーニングの経験はありますか?

この手の質問事項は、メンタルトレーニングを初めて導入する際に尋ねるものです。しかし、「物事への理解」や「知識量」にも様々な段階がありますので、心理検査の度に同じ質問を尋ねても構いません。選手自身、この質問に対して「知らなかった」「思っていたことと違った」「理解している」「理解していると思ったが実はそうでもなかった」など様々な回答をしてくれますので、メンタルトレーナーが選手の実態を把握するのに最適です。

メンタルトレーニングの達成度チェック

メンタルトレーニングの成果が出たかどうかを確認する質問事項も必要でしょう。

  • あなたは目標をもって日々の練習に取り組んでいますか?
  • 試合で緊張したり、本来の実力を出せなかったりすることはありますか?
  • 試合で発揮できる力と本来の実力との差はどのくらいですか?

この質問は心理検査のタイミングだけでなく、定期的に行う必要があります。また、聞き方も「五段階に分けて評価して下さい」などと細分化して記録を取ることをお勧めします。何しろ訓練というものは成果が出なければあまり楽しいものではありませんから、細かく段階を分けて、一段上るごとに成長を実感できるような作りになっているとなお良いでしょう。

失敗、成功に関する問いかけ

試合などが行われた後は、メンタルチェックに最適なタイミングです。選手たちがどのように感じたのか、どうすべきだと思っているのか、そういった思いを冷めないうちに書き留めましょう。ただし、メンタルトレーニングのための心理検査を煩わしく感じるような選手に対しては、必ずしも強要すべきではありません。

たとえば、試合で負けて落ち込んでいるときに「敗因をきちんと分析しろ」と頭ごなしに言われたらどうなるでしょう。選手たちはメンタルトレーニングを嫌いになってしまうかもしれませんし、心理検査に対しても正直に答えなくなってしまう恐れがあります。そうなってしまうと心理検査も正しい値を出せませんし、間違った前提のまま間違ったトレーニングを行って、かえって成績が悪化してしまうことがあります。成功・失敗はとてもセンシティブな問題であり、十分に信頼関係を築いた上で以下のような質問を行いましょう。

  • 勝利/敗北につながった心理的な要因を五つ挙げて下さい
  • 勝利/敗北につながった身体的な要因を五つ挙げて下さい

緊張して本来の力が出せなかった、声が震えてしまった結果負けた、といったものでしたら、それは敗北の心理的な要因としてカウントします。逆に足をくじいていた、睡眠不足だった、といった原因は身体的な要因です。天気が悪くて肌寒かった、逆風でボールが意図した方向に飛ばなかった、などは心理的な要因でも身体的な要因でもありません。

勝利/敗北の理由を事細かに分析していくのはとても大切なことです。ただ「勝った」「負けた」で一喜一憂するのではなく、「なぜ勝てたのか」「なぜ負けたのか」を細かく分析して積み重ねていくことで勝負の因数分解を行いましょう。

これはスポーツに限った話ではありません。たとえば企画のコンペティションやエンターテインメント作品の新人賞、就職時の面接などにも同じことが当てはまります。自分が受かったのは何故か、落ちたのは何故か、それを細かく分類していくと意外な事実が見えて来るものです。

たとえば「あがってしまったからちゃんと受け答えできずに面接に落ちてしまった」と考えていたのに、実際に細かく原因を分析していくと、「当日朝の冷え込みで体調を崩していた」「ご飯を食べる十分な時間がなかった」「電車が遅れて会場に着くのがギリギリだった」といった隠れた要因が浮き彫りになることがあります。原因が自分にあるのか、それとも外部にあるのか。これをきちんと把握すれば適切な対応策も打てますし、闇雲に焦る必要もありません。

スポーツに限らず原因の分析は大事なものです。メンタルの調子次第で天気が良くなったり電車が通常通り動いたりするなら話は別ですが、私たちは神様ではありません。足が悪いのに腕の筋肉を鍛える人がいるでしょうか? もちろん、腰と肩のようにきちんと連動しているなら間違いではありませんが、ことメンタルにおいては原因を上手く捉えきれずにおかしな訓練に走る人も多いのです。そうならないように、「自分」や「自分を取り巻く環境」を正確に把握する術を身に付けましょう。心理検査の重要性はそのような面にも表れています。