イメージトレーニング
メンタルトレーニングにおけるセルフコントロールの方法については、Lesson4で解説した通りです。試合中に最高の集中力を発揮できるゾーン状態に入るためには、普段から自分の体と心をコントロールする練習を繰り返す必要があるわけですね。
Lesson5では、今度は本番における緊張緩和の方法だけではなく、本番というものに対する対策について重点的に見ていこうと思います。しかし、本番に強くなるための心のトレーニング法とはどのようなものなのでしょうか?
名前を聞いたことのない人はいないでしょう。そう、イメージトレーニングです。専門用語ではビジュアライゼーション(visualization)、イメージュリー(imagery)といい、想像の力を用いてメンタルの強化を目指すものです。
想像の力と本番
想像力はけっして馬鹿にしたものではありません。スポーツ選手のプロになりたいという気持ちだって、言ってしまえば理想の自分を想像して、現実の自分をそれに合わせていくというプロセスなのですから、強くなるためには必須といってもいいでしょう。
また、想像とは本来不可能なことを可能にする方法でもあります。筋力や体力のトレーニングは、日々の練習や本番で力発揮するために必要なことですが、その肝心の本番は人生でたった一度しか訪れない可能性があります。
オリンピックは四年に一度ですし、分野によっては十年に一度しか本番が来ないということだってあり得るでしょう。たとえば、中学や高校の受験はまず一度きりの勝負です。義務教育中の年齢で浪人になるのは珍しいことであり、仮に受験に失敗したとしたら、滑り止めの学校に行くことになるでしょう。
大好きな人に告白する瞬間を思い浮かべてみてください。そのチャンスは何回もあるでしょうか?もちろん、あると答える方もいらっしゃるでしょう。あなたが振られても何度でも挑戦するような鋼の精神の持ち主であり、相手もそれに応えてくれるだけの寛容な人であるなら可能なことです。しかし、告白というのは往々にして一世一代の場面であり、その一回で全てを得るか、全てを失うか、そんなオールオアナッシングである可能性の方が高いでしょう。
会社勤めの立場として考えてみてください。プレゼンは一度だけ、その機会を逃せばもう二度と顧客になってくれないかもしれません。銀行に融資を頼むとしましょう。断られたら破産です。その場合、チャンスを掴み取らなければ生き残ることはできません。
文学や絵画の賞を狙うとしましょう。ノーベル賞は一年に一回チャンスがありますが、世界中の候補者の争う以上、自分が最高の結果を出せる時に選ばれない限りまずチャンスは巡ってきません。小さな賞だったとしても、それを取れなければもう夢をあきらめて就職して生きていくしかないという可能性もあります。その場合だって逃せば終わりです。

そうです、甲子園だけじゃありません。夢を掴み取るための本番はどんな分野でも滅多に巡ってこないのです。心のトレーニングも体のトレーニングも時間さえあればいくらでもできますが、本番を経験できるのは一回だけなんです。それはさながら、私たちが自分の人生を一回しか生きられないこととよく似ています。
しかし、ある作家は言いました。小説を読むことは人生をたった一度しか生きられないことに対する反逆であると。言い換えれば、想像の世界に遊ぶことは、他人の人生を追体験することは、たった1度しか体験できない本番というものに対する練習足りうるのです。
イメージトレーニングは本番の練習
素振りは何度でも練習できます。変化球だって投げられるようになるでしょう。チームで練習すれば、音楽に合わせてフォーメーションを組んだり、パス回しを繰り返して精度を上げることも可能です。しかしそれはあくまで練習であって本番ではありません。
本番というものの練習は、本来ならば場数を踏むことでしかこなせません。大会で結果を残すにしても、何度も大会にエントリーして、本当に自分が緊張するような試合に何度も臨んで、それでようやく本番というものに対する心構えができてきます。
それを普段の練習の中でやってしまおうというのがイメージトレーニングです。メンタルトレーニングにおいては、この予習とも言うべきイメージトレーニングに力を入れることで、本番に対する強さを高めていきます。
Lesson5では、情報を集めることの重要性、プラス思考になる方法、イメージトレーニングを利用した自律訓練法、メディテーション(瞑想)といった心理的スキルの活用法について学んでいきましょう。